
(写真上:taken by JAIME DE ALMEIDA)

(写真上:taken by kenhirama)
THANKS FOR COMING!!!
Yukitomo Hamasaki+shotahirama (visual by junji koyanagi using "giuseppe la spada+shotahirama" upcoming release footage) live at SuperDelux, 20th Oct 2010
さて今回は。Airplane labelの名の下、敬愛するchihei hatakeyama(新作Variationsがsoundscapingから発売されたばかり!chiheiさんのこのページのテキストが大変興味深いのでリンクさせてもらおうかな。Variationsについての追記。)さんオーガナイズで開催されたCinematic Voices vol.13 at SuperDelux六本木に、今回はmAtterとしてYukitomo Hamasaki+shotahirama (+visual: Junji Koyanagi)の3人で参加させて頂きました。このユニットとしての演奏は、今年の6月に行われたsoundroom#45に出演(場所は同じくSuperDelux)して以来の約4ヶ月ぶりとなるタッグになった訳でして。しかしまぁ、ここ最近のmAtterとの共同活動を考えるならばブランクすら感じないものの、今回に関しては完全なる即興セットで挑むという事もあった為(結果)モチベーションにサウンドが直接コネクトする様な「より構造的な感情下」に置かれるライブになる事は間違いなかった。例えばオリヴェロスがdeep listeningで述べていた「対演奏」や最近流行のovalことマーカス・ポップで言う所の「対laptop」という構図に自分自身を隣接設置した時、今回の所謂「即興」というデバイスを付加する事で生じるグリッチとは?
まぁ簡単に言えば、自身の中で「対演奏」上比較されるそれまでの即興経験値の低さが露になる、という事だ。ある項目に対してどのレイヤーをピックアップするかどうかの選択領域に常に自身の経験値が曝される辱めの様な試練と常時判断を迫られるサディスティックな試練の連続。綱で縛られた様な時間軸。もちろんそれら不安要素が算出する引き出物なんて「緊張と興奮」「幻覚と喪失」が大抵であり(言い過ぎだが)、基本的に自身の描くサウンドスケープにグリッドポイントすら落としていけない「ノンライナー」の様な”ぶれぶれ”の意志が、例えば不整脈の様にMIDIと同期してしまう。悪性のデザイン。不機嫌な反復が唯一のバリエーションとなる、いつだったか何十年も前の何処か西欧のミニマリズム。もしくは最近のアメリカンインディーなドローン。ループなんてやだやだやだやだ。引き延ばしなんてやだやだやだ。コントロールすらままならない、ぶれっぶれの空間図形。
いや、上記はすべてがうまくいかなかった場合の話である。つまり「対演奏」に即興というデバイス、その環境設定に対応しきれない場合に起こりうる一つの事例を挙げたまで。個人談としてね。だが今回のこのブログで綴りたいテキストというのは、この2、30分で書きまとめた”嘘と虚無と空虚の様な理論”ばかりのインプロ論ではなく、もちろんそんな事例でのトラブルシューティングを挙げていく訳でもなく、これは、すべてがうまく行った場合に起きた所謂「より構造的な感情下」にセッティングされた自分、つまり感情的になる自分、興奮と緊張に支配されたとした場合「幻覚と喪失」ではなく「知覚と覚醒」がグリッド上で優雅に舞い踊る、その時にアウトプットされた個人的経験/体験を綴るだけの単なるブログである。で、さらにはそんな気持ち、140字以内で終えてしまったのでここに添付しておく。
[今年一番楽しく演奏出来た!完全即興でお互いの信頼と互いを尊敬し合う幸せなコミュニケーションが今夜の音になった。感情論はチープだが、感情ほど失いたくないものはない、と久しぶりにライブで自分を見つめる事も出来た。チームmAtterで良かった。このグループでの次のライブは香港です!]
うへ。つまり「対演奏」「対コンピューター」以前にこちら側のネットワーク(今回で言えば「僕」からのhamasakiさんやkoyanagiさん、そしてイタリアのgiuseppeであり、それら各ドットが強靭であり繋がるネットワークシステムもまたワイヤリングされたパッチの様な関係性)が前述した”ぶれぶれ”の空間演出を回避したという事だ。つまり今回の場合、モジュールはきっと「対個人」であったに違いない。クリエーションアティテュードがサウンドでもなくラップトップでもなく「対個人」を見つめていた事が、自分のアビリティーを最大限に引き出せた要因なのかもしれない。
「パッチで繋がる以前に個人同士が繋がる、より人間的なネットワークシステムの方がより音楽的になる場合がある」という事だ。
ビザールやハーシュやそもそもノイズな概念(ところでハーシュとノイズは違いますよ)では当てはまらない事も多々在るが。Yukitomo Hamasaki+shotahiramaはabstrakt/konkretという「イメージの具現化もしくは抽象化」つまりビジュアル化する事にベクトルを置いており(今回は2.0)今後さらなるアップデートを繰り返し、さらなるネットワーク強化とその拡散、拡大に努めて参ります。
だからほんと、そんな場を提供してくださったchiheiさん、そしてAirplaneの皆様、スーデラも!、本当にありがとうございました。そして来て頂いた多くのお客様、本当にありがとうございました!
下記に続く写真はロンドンからやってきたmAtterメイトのJAIME DE ALMEIDAによるもの。これもまたtwitterで打ち込んだのだが、
[JAIME DE ALMEIDAはロンドンからのフォトグラファーで、来年の「mAtterロンドン」のツアコンもやってくれる兄さん。デザインやサウンド、リット等「用意した二項対立のビジュアル化」が僕らの提示するものならばJaimeはそのin betweenな存在]



で、ここからは弟であるkenhiramaによる写真。


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or
mAtter website
最後にYurihito Watanabeさん、marikoさん、ほんと久しぶりにお会い出来て嬉しかったです!
shota












